Chairman room
2019新しい年度に向けて(01/17)
...続きを読む
Wangan-cafeへ
Infomation
Useful site
Members Only



シーバス釣りのトーナメントをやってみたいと思い立ったのは、
この釣りが非常にあいまいな理論によって語られていたからです。
当時は昔のバス釣りと同じでした。
誰々さんはうまい→信用できる→その人の使っている道具を買う、という図式で、
これは今でもそう変わっていないのですが、本当にその人がうまいのかというところで大きな疑問が残った時代でした。
同じ条件で釣ったら別のルアーのほうがよく釣れることはよくあります。
一つの条件で一つの方法しかやっていないのにどうして断定できるのでしょうか? 
これはシーバスを少しでもやった人はみんな持っている疑問なのですが、
初心者ほど断定した意見を聞きたがるという傾向もあるため、
困ったことだと思っていた方もあったのではないでしょうか。

釣りはベテランだから上手だということはありません。
先輩だからマナーがよいというものでもありません。
年上はいかなる時も敬わねばならないという教えは社会生活ではありますが、
釣り人の相手は自然環境であり、生き物です。
それらに対して失礼であってはならないということがまず基本にあり、
それを教えることができないベテランや先輩は必要ないし、
釣り雑誌やテレビ番組もあってはいけないのだと思います。
釣魚の前には皆平等。
釣り人の技術もまた釣魚の前に平等に評価されなくてはならない。
これが基本のはずなのです。
では、釣りにおいて何が正しいのか? あいまいな理論を払拭するにはどうすればよいのか? 
実はそのことを考えることや、釣り技術や釣具の性能を客観的に評価するという動きに対して、
従来の方々はどちらかと言えば保守的でした。
釣りとは夢を売る商売であるという良い面もありますから、
イメージを壊すことには慎重にならざるを得なかったというもっともな理由もあります。

そこに矢を放ったのが2007年の1月。
湾岸シーバスソサエティーの理念に賛同して集まってくれた釣り人は、
最初は数人でしたが、6月には100人を超え、1年後には200人を超える数になり、
最初は様子見をされていた釣具業界や釣り人の皆さんからも共感してもらえるようになりました。
なぜなら人と人が集まることに対しては誰も止めることができなかったからだと思います。
今まで釣り人は各々単体のユーザーでしかなかったのですが、
集まることによって釣り人は正当な評価を望んでいるということを示すことができました。
そして釣具業界の皆さんがしっかり後押しをしてくれる体勢が、
3年目にしてようやく出来上がったのだと思います。

ここで本題に入りますが、釣り人が求めている正当な評価とは、
つまり私たちがソサエティーの名の下に集まっていることの意義とは、
「釣りの技術」「釣りの精神」「釣りの役割」を社会に対して認めてもらうことだと考えています。
社会とは一般社会です。釣り界という小さな世界の中で認めてもらってもそれは自己満足でしかありませんが、
社会から認めてもらうことができれば、
釣り人が存在することの意味や釣り場をつくっていくことの意義を伝えることができるのではないかと思っています。
そのことを少し説明させていただきます。

WSS活動の中心的な位置に「技術交流会」があります。
釣り人のタレント力(個性と能力)を見つけ出し、その技能(芸)に対して正当に評価し、伝え、残していくことです。
これこそ現実的な釣り文化の伝承であると考えています。
美術界やスポーツ界が大きな賞をつくることによって技術が向上し発展してきたように、
釣りという技能をきちんと発展させるために技術交流会は基盤となるものだと思います。
それと、その技術交流会を何回も実施することによって人から人へ伝えていかなければならないものがあります。
それは「釣りの精神」です。
譲り合い、助け合い、自己責任の原則、生き物への愛情など、
古くから伝わる釣り文化の伝承を行なわなければなりません。
短い言葉で言えばアマチュアリズム(純粋性)の継承ですね。
これらの活動を通じて「釣り人としての役割」が明確になってきたら、
釣り人は自発的に社会貢献できるようになると考えています。
すべてはつながっていて、
いずれは、釣りをすること自体が社会貢献につながるようにすることが理想です。

今はまだ一部では釣り人が社会から非難されているという状況があります。
ゴミ問題やマナーの問題、港湾における管理権の範囲の問題などですが、
法的根拠のあいまいな立入禁止を受け入れることの判断も含めて、
そういう状況から逃げながら釣りを続けることは
決して釣りの将来を明るくするものではないと思います。
少しでも希望の持てる社会を形成するために、
釣り人の団体としてやるべきことをやり、がんばっていきたいと考えています。

「芸というものは、厳しいものです。」
これは私の知っている噺家が言ったことなのですが、当たり前のことですね。
釣りにおいても一般社会においても、
自分に厳しく生きることはとても大事で、
ゆるい状況から脱却することで、新しい世界が開けてくるものと信じています。
芸を磨くと同時に、すばらしい釣り人になれるように。

(2009年1月 チェアマン 萱間 修)


« 1 (2)